Azul

読書と散歩。ネコとうさぎが好きです。人生の備忘録と遺書がわりに書いています

映画「オーバー・ザ・ムーン」人妻の夏のアバンチュール



幼稚園の頃だったと思う。父親の膝にすわりこんで、一緒にテレビを見ていた。人類で初めて月を歩く男を見るために。 モノクロの画面に映るその人について、ドラマか事実か、幼すぎてわからなかった。父親の興奮した声だけはほんとだったのだろうと思う。

 映画「オーバー・ザ・ムーン」は、ちょうどその時のアメリカだ。

私の中ではダイアン・レインの傑作。俗にいえば、人妻のひと夏の過ち。高校生で妊娠してそのときの彼氏とささやかな家庭を作った、ダイアン演じるパールは、義母と娘、息子を連れて、夏のキャンプ場にやってくる。 

夫は仕事で忙しい。電気修理をしている彼は、月面着陸を見るためにテレビ修理が殺到しているから、家族と共に避暑地にはいかれないでいる。 そして、このキャンプ場にくるのが、風来坊のシャツ売りの男。ヴィゴ・モーテンセンが演じるウォーカーだ。

 ハンサムで押しつけがましくない彼は、キャンプ場にいる奥様たちにとって、安全にときめかせてくれる相手。パールも、ちょっとだけ解放感を味わいたいと思って、地味な家庭の主婦の記号をはずす、ブラウスを選んだだけだった。 でも二人は恋に落ちてしまった。

必死に主婦であり妻であり母親の自分と切り離そうとするけれど、パールの中に目覚めた自分の気持ちは、抑えられないでいた。

 映画のもう一つのメイン。「ウッドストック

 保守的な田舎で育ったパールは、恋にも性にも無知だった。だから、初めて恋した相手と初体験をして、妊娠。それが娘。その相手は、妻と娘を養うために高校を辞めて、仕事に打ち込む。そして15年がたち、自分が女であることを思い出した瞬間が訪れる。

 母であることも妻でることも全部忘れて、自由奔放に恋愛を楽しみ、ヒッピーたちと一緒にウッドストックを楽しむパールは、ただの無責任な女に見える。

 自分らしく生きることと、家庭の主婦は相反することなのか、生活だけに埋没していたパール自身が、明けてしまった扉の向こうは、あまりにも無秩序だ。 これほどまてに女の官能を表現できるパールを、夫からすると、15で妊娠した少女のままでしか見えないというところに悲劇が生まれる。 

パールの苦悩は物語でこれでもかと出るけれど、夫の苦悩は、あまりにも軽く表現されているが、彼にとっても恋人が妊娠したことで、あきらめてしまったことがたくさんあるわけで、それを見ないためにも、仕事に没頭してきたのがうかがえる。 

つむじ風みたいなウォーカーの存在。 

 


原題は、「A Walk on the Moon」 今となっては、あの月面着陸は、ハリウッドの映像だとも聞く。 まるで夢のようなその歩みのはかなさが、パールの心情そのもののようで、忘れられないタイトルになっている。